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アニマル・チンは見つかったのか? Interview with Taro Hirano
(Photographer)
ちょうど1年前にようやくふたりで訪れたハワイのWallows(ワローズ)。写真家・平野太呂と西山徹が、中学生の頃に出会ったスケートボードから受け取ったものを、あらためて。

2019年に出版レーベル「sign」(※1)から太呂(写真家・平野太呂さん)の写真集『I HAVEN'T SEEN HIM』が発表されました。スケートボードは僕たちにとって、時間を忘れてのめり込んだ大好きなもので、この一冊もそんな原体験を探す旅のようなものだったのだと思います。1987年、パウエル・ペラルタ(※2)がリリースした3作目のスケートビデオが『The Search for Animal Chin』で、当時、5、6人の仲間たちといくらか出し合ってビデオを手に入れて、食い入るように繰り返し観たのを思い出します。アニマル・チンなる架空のスケートボードの達人を探してボーンズ・ブリゲード(※3)のメンバーが旅をしながらセッションするというのが主な物語で、太呂が撮った写真は、その冒頭のシーンで出てくるハワイ・オアフ島にある大きな排水溝、Wallowsが舞台となっています。「HAVE YOU SEEN HIM」、つまり「彼を見たか?」という問いかけが象徴的なフレーズでしたが、僕らもこういったメタファーが大人になってようやく理解できるようになったと思うと、あれから何年経ったんだろうって、恐ろしくなりますね。


西山徹(以下TET)

2019年に太呂が写真集を出して、2025年に仕事でハワイを訪れて、やっと一緒にWallowsに行けたよね。

平野太呂(以下TARO)

写真集はさ、俺が出そうよと言ったのか、徹がなんかやろうと言ったのかは覚えていないんだけど、徹のところで出すんだったらWallowsがいいなって思ったんだよね。自分たちが最初に夢中になったスケートボードチームがパウエル・ペラルタのボーンズブリゲードで、一緒にスケボー始めた仲間と一番盛り上がっていたビデオがアニマル・チン(『The Search for Animal Chin』)で、冒頭のシーンでボーンズ・ブリゲードがWallowsを滑り倒しているシーンがあって、僕らにしたら聖地だし、憧れの人たちが滑っている憧れの場所で、こんな天国みたいな場所があるの? ってさ。徹は当時どう見てた?

TET

夢みたいな場所だよね。こういうスポットを日本に置き換えて、いつも探して歩いていたよね。

TARO

ドリームチームが滑っているし、現実かどうかもわからない。

TET

彼らのドキュメンタリーを観ているような感じなんだけど、演技をしているなってことを後々気づいていってね。

TARO

単純に、彼らの仕草や態度、着ている服、乗っているスケートボードとかを細かく見たくて、とにかくずっと観ていたよね。で、だんだんとストーリーがあるって気づいてきて、アニマル・チンを探す旅にみんなでスケボーしながら出ているのがわかってきて、大人になってからわかることでもあったけど、アニマル・チンってのは結局はどうでもよくて、架空の人物を設定して、みんなでスケボーして、楽しみながら彼を探して、各地でセッション繰り広げるだけの話なんだなと。それがわかったから、徹のところで写真集を出すってなったときに、徹と一緒にアニマル・チンを探しに行くのがいいんじゃないかなって思ったんだよね。撮影しているときは徹は来れなかったけど、昨年一緒に行ったと。

TET

ステーシー・ペラルタがなんでこういうビデオを撮ったのかというのを調べてみると、スケートボードが流行りだったり、コンペティティブなものだったり、当時は大会の様子のビデオだったり、あとは、すごくコマーシャル的な部分でしか取り上げられなくて、本当のスケートボードのコミュニティというのは、仲間とか、みんなで純粋に楽しむことっていうのが本来のスケートボードのあり方だと、後づけだったかもしれないけど、彼はそういうことを考えて作ったっていうのがわかる。そういう部分をすごく見ていて、影響されてきて、何十年も経って、こういうことをやろうってなったときにしっくりきちゃって、あまりにしっくりきすぎて、「sign」という出版レーベル立ち上げて、写真集を作って、当時の仲間も集めて、ワークショップも開催したというのが自然にできた。コロナ禍を挟んで、5年くらい経って、それからまた自然と別の取材も兼ねてハワイに行こうとなって、Wallowsについに行くことになる。

TARO

僕は最初にひとりで行ったときはすごくびびったよ。フェンスを乗り越えなくちゃいけなくて、だから誰にも見られないように乗り越えるんだけど、歩いて行っても誰もいないから、上にヘリコプターが飛んでいると隠れたりして。でも、たぶん、ハワイの人たちは誰も気にしていない(笑)。

TET

入る前に、フェンスの脇の家のおじさんにここって入っていいの? って聞いたりすると、「みんなスケボー持って入っていくよ」って。

TARO

すごくゆるいんだよね。

TET

で、ついに入ってね。ちょっと感動したね。

TARO

本当にあったってね。

TET

Wallowsを訪れて感じることは、当時のエモーショナルな気持ちとか、スケートボードのこともそうだし、いっぱいあるんだけど、何よりどんなメタファーがここにあったんだろうかと考えるようになった。だから、太呂とWallowsの総括をするなら、メタファーについて話したら面白いのかなって思ったんだよね。

TARO

徹はどんなことを考えた?どんなことを感じたの?

TET

ステーシーがそうだったように、スケートボードの本来の楽しさはそこにあるというか、みんなで純粋に楽しむことだとあらためて思い直した。だからWallowsを訪れたときに、ただの場所なんだけど、スケートボードを通じてこの場所を知っただけなんだけど、スケートボードが自分たちに生き方とか、考え方とかを養わせてくれたんじゃないかと思ったかな。

photo: Taro Hirano

TARO

そうだよね。ひとりでスケートボードを始めたわけじゃなくて、いつも5、6人で動いて影響しあっていたし、当然ボーンズ・ブリゲードも5、6人の仲間で動いていたのも自分たちと重なるし、ピッタリあっていたからね。シンパシーを感じるボーンズ・ブリゲードのメンバーに自分たちを当てはめて、キャラ分けもしていてね。たとえば、徹はトミー・ゲレロで、僕はランス・マウンテンでとか。擬似ボーンズ・ブリゲードを東京の片隅で組んでいた。たぶん、これ全国的、全世界的にあったんだと思うんだけど、いま大人になって、同世代のスケーターの人たちと会うと何か通じるものがあるよね。簡単にそこに戻れる。

TET

この前TG(トミー・ゲレロ)が言っていたけど、やっぱりまたスケートボードがよくなくなってきているって。オリンピックでブームになって、その後の影響らしい。

TARO

アメリカでもそうなんだ。大会があれば、日本人、アジアの子たちが1、2、3フィニッシュだからね。アメリカ人は興醒めだよね。

TET

僕らがやっていた頃は、入ってはいけない場所、滑ってはいけない場所で、滑ることがふつうだったんだよね。親の目、大人の目を避けた子どもだけのコミュニティで培っていた結束があった。どこかのガード下に集まっては、グループごとに牽制し合いながらも、同じ時代を生きるコミュニティがあったし、どこかのショップに行けば、誰かがいた。それらが許されていた時代かもだけど、自分たちにとっては、ここが大きいターニングポイント。スケートボードがどう影響を及ぼしたかというと、自分たちでやるとか、作るとか、考えるとか。教えられたことではないからね。

TARO

オリンピックはオリンピックでいいんだけど、スケートボードが習い事になりつつあるよね。

TET

違うメンタルになるよね。

TARO

この前、上海に行ったんだけど、お母さんたちがスケートボードに色めき立っちゃっていたからね。向こうは学歴社会で、いい学校に行かないとお金持ちになれない、もしくはひとつ秀でたスポーツをやるってのもいいと。これまではそれが卓球だったけど、人口も日本の比にならないくらい多いから秀でるのもすごく大変。だから新しいものにはすぐに飛びつく。だからアジア人が活躍しているスケートボードに飛びついているみたいで、パークもすごくできているんだって。

TET

アメリカからトレーナーが来るの?

TARO

いや、うちの子に抜きん出て欲しいと願うお母さんたちがやっているんだよ。教育スケボーママが現れている。まるっきりスケートボードの文脈がないから、ただひとつの得意技になっているのが少し残念かな。

TET

80年代は、マドンナ(※4)とかショーン・ペン(※5)って名前がトリックの名前にもなっていたけど、そういう名前の文脈、時代背景、カルチャーが染みているのがスケートボードの楽しみであったりするからね。だから、X Games、ESPNとかが放送されるって決まったときに、それってどうなんだろう? って、90年代半ばにOさん(大瀧ひろしさん※6)が話してたね。

TARO

でも、アメリカはちゃんと残せるんだよね。メインストリームがあったとしても、俺はそっちじゃないからって。カルチャーとして居続けることができる。一般のアメリカ人が見ても、そう思える。逆に、日本は危うくて、サブカルは消えていくし、踏ん張りどころだなって思う。すごく抵抗して反抗しないとなくなっちゃうから、しっかり提案したいんだけど、そうすると過激になるし、一般の人からすると怖い。でも、アメリカはふんわり共存ができる。お国柄なのか国民性なのかわからないけどね。そういえば、前にTGと新潟の南魚沼のパークに行ったじゃない。パークの駐車場でプッシュしてたら怒られてさ。プッシュ5回くらいで、警備員がスケボー禁止ですって。こういうところなんだよなって思う。

photo: Taro Hirano

TET

まあ、なんか、ほんとそうなんだよね。

TARO

でも、徹がさっき言っていたこと、子どもたちでやっていたよねっていうのは、すごいよかったなと。親には絶対に理解できない。徹が何かを作るときも、自分たちでやるという精神。いまはなんでもつまびらかに提示されすぎちゃっていて、こっそりしたのがない。都会で滑るのも難しいみたいだしね。

TET

最近またバイクも乗ったりするようになったんだけど、あれ、バイクってどこに駐めたらいいんだっけ? ってなった。

TARO

出かけたら駐めるとこないからそのまま帰ってきちゃうって聞くよね。

TET

バイク置き場がどこにでもない。車の駐車場もだめ。白枠も厳密にはだめ。カルチャーがなくなる。遊び方が変わった。

TARO

高校のとき、徹は学校の近くのパン屋さんに交渉してバイクを駐めさせてもらっていたしね。

TET

仲よくて(笑)。ちょっと戻るんだけど、太呂の作品としてはどうなの? スケートボードからの影響って意味では。

photo: Taro Hirano

TARO

どうだろう。なんかね、自分がどんな人かなって考えるときに思うんだけど、細かいところをよく観察しているなって。我ながら。それは、ボーンズ・ブリゲードの人たちが、どういうステッカーをどんな角度で貼っているかとか、そういうのを見たくて観ていたし、見づらいところ、たとえばVHSで一瞬通り過ぎるところを観ていたりとか、そういうディテールをずっと観ていた。徹もそうだったと思うけど、それはふたりとも仕事につながっていると思う。だから、街ゆく人を見ていてもさ、ファッションでいえば、あの人ソックス上げてるなとか、細かいところばっかり自然と見ちゃう。そういうのって案外見てない人も多いしね。

TET

そうだね、これをとおっているからこそ見えてくるってのはあるよね。エッジとかバンクとか、路面とかもよく見ていたしね。フラットからバンクにかかるところの入り口がどうなっているかの環境の状況とかね。

TARO

コンクリートもいろいろだから、アスファルトの目が細かくてとか。街ごとにディテールがある。そういうのを探しているし、見ているよね。このへんは気持ちよさそうだねって。

TET

チンを探すようにね。それがどんなメタファーだったか、探すんだと思う。ずっと。

TARO

俺ね、BOOKMARCのWallowsの写真集のオープニングで、卓(編集者・竹村卓さん※7)もしんちゃん(SKATETHINGさん※8)もみんな協力してくれて、実際にTG来てライブしてくれたときに、あれ、これアニマル・チン、見つかっているんじゃない? って一瞬思ったよ(笑)。これはアニマル・チン、来てたかもなって。

TET

ビデオみたいに通りすぎて行ったかもね(笑)。

TARO

たしかに。そうだ、思い出した、僕らくらいのアニマル・チンを見ていた世代は、たまに冗談っぽく、アニマル・チンは見つけたかい? ってふざけて言い合ったり、書いていたりしていてさ。結局、このビデオではアニマル・チンは見つかっていなかったから、みんなまだ探しているんだって。面白いなあって、おじさんスケーターたちがたまに冗談っぽく言っていて。でも、まあ、そうね、そうだったのかもなあ、セッションが盛り上がってきて、近くにいるよって。こうやって、セッションしていることがアニマル・チンがいる状態。いい時間過ごしているから、来てるんだって。大人になるとわかるね。

TET

一瞬現れたね、チンは。

TARO

一瞬召喚したね。でも、結構頑張らないと出てこないね(笑)。


※1 sign
2019年にDESCENDANTがスタートさせた出版レーベル。

※2 パウエル・ペラルタ
1976年にジョージ・パウエルとステイシー・ペラルタによって誕生したスケートボードブランド。

※3 ボーンズ・ブリゲード
80年代に全スケーターを席巻したパウエル・ペラルタの伝説的スケートボードチーム。

※4 マドンナ
アメリカ・ミシガン州出身のシンガー・ソングライター、女優。84年の『ライク・ア・ヴァージン』が社会現象に。同年、トニーホークが生み出したエアトリックの名称にもなる。

※5 ショーン・ペン
アメリカの俳優、映画監督。フロントサイドで行う「マドンナ」とは逆のバックサイドで行うエアトリック名に。ゲイターが名付け親で、当時マドンナとショーンペンが夫婦だったことに由来。

※6 Oさん(大瀧ひろしさん)
1984年に設立したスケートボードチーム「T19 Skateboards」主宰。東京のスケートボードシーンを牽引。

※7 卓(編集者・竹村卓さん)
西山徹、平野太呂の同級生であり、編集者、ライター、キュレーター。スケートボードチームEl Burrito's Skate Amigos主宰。

※8 しんちゃん(SKATETHINGさん)
グラフィックデザイナー、ファッションブランド「C.E」のデザイナー。

平野太呂

ひらの・たろ|1973年、東京都生まれ。武蔵野美術大学造形学部映像学科卒業後、講談社でアシスタントを務め、より実践的な撮影技法を学ぶ。スケートボード専門誌『SB』立ち上げに関わり、フォトエディターを務める。2004年、渋谷区上原にギャラリー「NO.12 GALLERY」を立ち上げ、2019年まで運営。主な作品に写真集『POOL』(リトルモア)、インタビューと写真を手掛けた『ボクと先輩』(晶文社)、星野源との共著『ばらばら』(リトルモア)、『LOS ANGELES CAR CLUB』(私家版)、『THE KINGS』(ELVIS PRESS)、『I HAVEN’T SEEN HIM』(sign)など。水辺の同人誌『off the hook』発行人。広告、CDジャケット、ファッション誌、カルチャー誌で活躍中。

photo: Tomohiko Tagawa

text: Tamio Ogasawara

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