My Life is This Life
働くということ。 Part 2 Interview with
Hideaki Yoshihara and Yukiko Ode
ファッションブランド『HYKE』を手掛ける吉原秀明さんと大出由紀子さんに、 「子どものこと、仕事のこと、その価値観」について聞いてみました。

西山徹(以下、TET)

おふたりと知り合ってからずいぶん経ちますが、生い立ちなどは話したことがないですよね。学生時代から、服の仕事に就きたいと思っていたのですか?

吉原秀明(以下、YOSHIHARA)

そうですね。私はメンズの服飾専門学校に通ってテーラリングを学ぶところからスタートしました。20代の頃は、自分が想像するものを形にするために、とにかくがむしゃらに過ごしていましたね。

大出由紀子(以下 、ODE)

私も昔から服づくりに興味がありました。というのも、織りものの街として有名な群馬県桐生市の出身で、実家が縫製工場だったんです。祖母は織り子さんでした。でも家族はこの職業の大変さを身に染みて分かっていたので、私が同じ道にいくことに消極的で、服飾系の専門学校には通わせてもらえませんでした。高校生の頃は洋服屋でアルバイトをしていたのですが、親には内緒でやっていましたから。

TET

血は争えませんね。その時代、どんな洋服やファッションが好きだったんですか?

ODE

小学生の頃からスカートは履かずにメンズライクな服装ばかりでしたね。高校生だった80年代は、世間ではDCブランドが流行っていましたが、私は古着一択で全身アメカジでした。それこそHYKEは、古着のワークウェアやミリタリーウェアをインスピレーション元にしていますが、昔からとにかく古着が大好き。最初に私たちふたりがはじめたのも古着屋でしたから。

YOSHIHARA

1997年に代官山でね。アメリカのポートランドやフランスなどに買い付けに行ったりといい経験ができましたが、まあいろいろ大変でした。つづけていくためにも、古着だけでなく独自の商品も作ってみようということで、HYKEの前身であるgreenができあがったんです。

TET

古着屋のオリジナルラインとしてスタートしたものだったんだ。それは全然知らなかった。

ODE

服飾の学校に通っていないとできないと思っていたデザインの仕事が、予想外の方向からはじまりました(笑)。お手本なんてないので、独自の感覚と視点でつくり上げていくのみ。そうして今があるので、「学校で習うことよりも大事なことがあるよ」と、自分の経験からも、子どもたちには伝えていきたいなって思いますね。

YOSHIHARA

アルバイトのように、社会で働くこともそのうちのひとつですよね。お金を稼ぐという体験は、机上の勉強にはない学びがたくさんあります。どういう仕組みでお金が会社に入り、その会社でどの部分をどう担っている、その仕組みの中から自分にいくらか給料が入ってくる、みたいな。自分が暮らしている社会全体の構造と仕組みの一部を、身をもって知ることができますからね。

TET

学校では教えてくれない事実ですよね。アルバイト先は、多様な人間関係が築けるのも面白さだと思います。僕もそうでしたが、親以外の目上の人と話したり教えてもらったりすることで、価値観や経験値がぐっと広がったなと。アルバイト先の先輩が先生でしたね。

YOSHIHARA

学生時代の友情が一生つづく宝物になることもあるので、学校での出会いも大切にしてほしいですが、学校は、たまたま集まった人で成り立つ偶然の産物。その面で言うと、自主的に決めたアルバイトでの出会いは、自らの選択の中で育まれた繋がり(人間関係)です。その違いって大きいですよね。しかも、同世代や少し歳の離れた先輩たちは、その世界で価値があるとされるスキルを既に持っていて、尊敬や信頼をもって素直に接することができると思います。

ODE

社会に出ると、いいことばかりではなく、時には意地悪な人にも出会うかもしれないけど、社会ってそういうものですからね。その付き合い方を考えるのも、立派な勉強です。だから周りがいい大人ばかりでなくてもいいですし、むしろ、人間味のあるところを見たり、理不尽な経験をすることも社会に出る準備になると思います。

TET

僕もそう思いますね。でも、今の世の中は、綺麗に整えたものしか見せようとしない風潮です。環境が異なるから比べたくはないけど、僕らの若い頃はあらゆる人たちが共存していて、その中での立ちまわり方を覚えていかなければいけなかったですから。ストリートスマートっていうのかな、それが生きる力になった。以前、僕らの子どもの先生がこんなことを言っていましたよね。「子どもは木から落ちたっていい。怪我をして、折れない枝を掴むことを覚えればいいんです」と。本当にそのとおりだと思うんです。なのに今は、「怪我をしたら困るから登りなさんな」の空気が強い。

ODE

失敗や後悔をしながら、自分で考えて物事を進めていく力を身につけてほしいですよね。でも、親って不思議なもので、自分がお膳立てしちゃいけないってわかっているのに、ついつい明日の支度とか手伝っちゃうし、遊びの大切さ、遊びの延長から、将来の仕事につながる可能性や出会いがあることを、身をもって体験しているのに、なぜか「毎日、勉強しなさい!」って怒っちゃって(笑)。何考えているんだろう私って、日々葛藤。結果、子どもにはその迷いをそのままぶつけています(笑)。

TET

その葛藤は、親の永遠のテーマですよね(笑)。ふたりのお子さんは、今のところ将来は何になりたいと言っていますか?

YOSHIHARA

高校生の長男は映像編集に興味があるみたい。そういう部活に入って、学校行事に合わせたショートムービーを作ったりしています。極力、口を出さないようにしているのですが、自分たちもわかる範疇だからこそ、ついダメ出しをしちゃうときもあって……。ただ、思ったのは、サッカーが上手な子は、サッカーができるお父さんから教えてもらっていたりしますよね。その感覚でいうと、大人の価値観をちょっと教えてあげて、背伸びさせることも成長につながるのかなとは思っています。

ODE

そういうお兄ちゃんに影響を受けた次男は、小学生の頃Youtuberになりたいと言っていましたね。徹さんのお子さんと一緒に、Youtuberごっこもしてたよね。

7年ほど前の動画。近所で拾ったどんぐりを、切って食べる企画などをしていた子どもたち。

TET

服の世界への興味はないんですか?

ODE

現在のところなさそうですね。小学生の頃はショーの際などに、帰りが遅くなるのでやむを得ず会場に連れて行ったこともあったけど、だいたいバックステージでゲームをしながら待っていました。先日のショーも見に来ていましたが、高校生の長男はステージデザインや照明、カメラの方が気になるみたい。中学生の次男はいつもの仲間と話すのに夢中でよく見ていない感じ(笑)。

YOSHIHARA

服ではなくても何か少しでも刺激になればいいよね。でも、この先の仕事って、どんどん難しくなるだろうなと思います。昔とは違って様々なツールやAIが進化していて、いろんなことのハードルが下がっているし、AIに取って代わられる仕事も増えている。子どもたちが大人になった世界には、もっと大きな変化が待ち構えていると思うと、人間の心や手だからこそできることを真剣に考えなければいけないのかなと。一緒に過ごせる残された時間を考えると、親が教えてあげられることは限られてくる。

TET

今は激動の時代ですもんね。でも、世の中がどう変わろうとも、仕事において変わらない価値観ってあると思いますか?

YOSHIHARA

自分にも他人にも嘘をつかないことでしょうか。周りの信頼を失うし、人間関係を壊すきっかけになってしまうので。その場では、一時的に得することもあるかもしれないですが、時を経て致命的な結果を招いてしまいますからね。

ODE

例えば、この仕事をしていると、クオリティの判断が難しい製品に遭遇することが多々あって。ある見方をすると、それは味や狙いと捉えられるし、別の見方をすれば修理対象の製品にも見える。意図してラフに縫製したり、製品加工するカジュアルなデザインは特に線引きが難しいのですが、そういうときにも自分に嘘がないように向き合う姿勢を吉原に教えてもらったなと思います。

YOSHIHARA

その場はやり過ごせても、「あの時、あの人こうだったな、あの会社こうだったな」と思われてしまうと、どんな仕事でも先細りになってしまいますからね。ミスが起きたとき、誠実に対応したことで、信頼が生まれたという経験を何度もしてきたので。子どもたちもこれからいろんな経験をして、物事に真摯に向き合う力、本質を見抜けるようになって欲しいですね。

HYKE

ハイク|公私ともにパートナーである吉原秀明さんと大出由紀子さんのブランド。「HERITAGE AND EVOLUTION」をコンセプトに服飾の歴史、遺産を自身らの感性で進化させたコレクションを展開。ブランド名のHYKEは、家族のファーストネームのイニシャルを連ねたもの。

吉原秀明

ヨシハラ・ヒデアキ|1969年東京都生まれ。メンズの服飾専門学校でテーラリングを学ぶ。学校行事には「徹が行くなら行くよ」と参加することが多い。

大出由紀子

オオデ・ユキコ|1969年群馬県桐生生まれ。実家は縫製工場。古着好き。学校外の子どもたちとのイベントごとをよく仕切っている。

photo: Kazufumi Shimoyashiki

text: Shoko Yoshida

edit: Tamio Ogasawara