「この工房は、1992年にはじまりました。それまでの町田には、障がいを持つ方が働ける福祉作業所が少なかったので、障がい児が通う造形教室の先生や親御さんが中心となって設立されたのです。当初のメンバーさん(ここで働いている方をメンバー、そのサポートをする指導員をスタッフと呼んでいる)は1名だけでしたが、今では46名にまで増え、20歳前後から50歳前後までの幅広い年齢の方が集っています」



築110年の古民家に機織り機を構えて織り場として活用したほか、いくつか作業所も新築。敷地は3,000平米ほど。
「“La Mano”とは、スペイン語で“手”という意味です。染める、絞る(布に付けられた点に添って平縫いをすること)、織る、縫う、描くといった、工房で行われる5つの手仕事をあらわしたもの。どのメンバーさんも、自身が得意で楽しくできるものを担っています」


畑では、染料の一部になる藍の葉っぱや糸になる綿花などを育てています。大木に成長したユーカリなど、里山のような豊かな自然も広がります。
魂が吹き込まれていく
こいのぼり
『La Mano』のこいのぼりは、「抜染」という方法が用いられます。染まってほしくない部分に糊をひいて、それ以外に色をつけていくという一般的な方法ではなく、最初に生地全体を無地染めしてから、抜色剤を含んだ糊を引いて、その部分の色が抜けたら模様が浮かび上がるという手法です。
「もともと、こいのぼりの制作は、手拭いを作っていた際の藍染め技術で何かできないかと考えついたものでした。生地全体を無地染めすれば、染めのメンバーさんの仕事にもつながるので、抜染を採用したんです」

ここでは織物用の糸から、手拭い、風呂敷、Tシャツの生地なども染めています。

藍が入った甕(かめ)。藍はアルカリ性の灰汁と混ぜて仕込みますが、そのための木灰は、暖炉のあるコーヒー屋さんやご近所の方が持ってきてくれるのだそう。
この工房で染めをおこなうのは、2人のメンバーさんが中心です。取材の日にいた西沢さんは、この道26年の大ベテラン。ふんふんひとりで喋りながら、真っ直ぐな眼差しでおもむろに手と体を動かし、一枚一枚着実に染めていきます。
見せてくれた染め方の手順はこう。
まず、藍が入った甕(かめ)の中で、布をさばいて染めます。次に水洗いをして、余分な汚れを落とします(すると、昆布みたいな鈍い色から鮮やかな藍色に)。そして空気中の酸素に触れて発色させるために、広げて干します。澄んだ水色の子鯉は4〜5回、紺色の真鯉と矢車飾り(冒頭写真の一番上のお飾り)は8〜10回この作業を繰り返して色を出しているのだそう。
「藍の濃度ごとに甕を設けていて、出したい色によって使い分けます。子鯉は薄い染料のみを使いますが、真鯉や矢車飾りは色むらがでないように、薄い染料から徐々に濃いものへと変えていくんです。どちらにしても、空気中の酸素が多い日ほど発色がいいので、雨よりも晴れの方が仕事日和ですね」
布が藍色になったら、続いては抜染。鯉のぼり模様が彫り貫かれた型紙を重ねて、その上から抜色剤入りの糊を引き、色を抜きます。しばし乾燥させたら、最後に縫製をして完成です。

「型染めの糊置きは難易度が高くスタッフが、また縫製は同じ地域の別の作業所などに委託することもあります。いろんな方の手に支えられて、立派な一匹になるんです」


全色合わせて、年間1,000匹ほどが生みだされ、そして旅立っていく。
もどかしさが
面白い仕事
ここまでで赤色の緋鯉が登場しませんでしたが、赤色は生地全体を綺麗に染めることが難しいゆえ、これだけは別の方法が用いられます。しかも、それは手間のかかるやり方で行われます。

「鯉型の型紙を使って糊で防染した上から、刷毛で何度も染料を染め重ねする“引き染め”と呼ばれる手法を用いています。草木のインド茜を使っているのですが、性質上、それだけでは木綿が染まらないため、最初に豆汁(大豆をすりつぶした汁)で地染めを行い、柄をきれいに出すために布海苔(海藻の一種)を引いたり、染料の発色のために防染液を引いたり、色止めのために最後に蒸したりと、工程が非常に多いんです」
制作の途中で、染めがにじんだり、布がほつれたりすることも多々あるといいます。そういったキズも手仕事ならではの味になるのでは? と聞くと、高野さんは首を横に振ります。
「人から言っていただけるぶんにはいいのかもしれませんが、作り手である自分たちで“これも味だね”と言ってしまうと、なんでも易きに流れてしまいがちです。障がいのある方が作ったから価値があると思われるのではなく、丁寧な技術や表現、感性に価値を感じて買ってもらいたいという気持ちが根底にありますので、クオリティは常に高く保ちたいと思っています。特にこいのぼりは、立身出世を願う縁起ものですしね」


正規品にならないと判断したものは、布巾として再生させたり、生地を割いて織物の材料に使ったり。施設内にかかっている暖簾やカーテンは、見切り品をつなぎ合わせて作られた偶然の産物。
2000年から勤め続けている高野さんは、この工房でのものづくりを面白いと笑顔で話します。その理由は、なんでもできるわけではないからだそう。
「障がいを持ったメンバーさんが無理なくできることと、染色や織りなどの技術をミックスして、品質もよくて魅力もあるものを作ることが私たちスタッフの役割ですが、制約があるからこそ、予想もしなかったいいものが生まれることがあるんです。すぐにはうまくいかないけれど、そのたびに新しいやり方を試して、また失敗して。そうしてトライ・アンド・エラーを繰り返しているうちに、想像を超えた何かになっていくという経験が何度もありました。だから、失敗しているときこそ未来を思うと楽しいし、もどかしいときこそ面白い。仕事も人生も、そういうものなのかもしれませんね」

La Mano
ラ マノ|東京都・町田市にある染織とアートの工房。障がいのある方が働く場として1992年に設立され、天然素材を使った染めや手織り、アートなどを中心に活動。記事内で紹介した「藍と草木の手染め鯉のぼり 5点セット」(¥45,100)は、年明け頃からオンラインで申し込みが開始される。数量限定で、ピンクやグリーンの子鯉も単体で販売。そのほか、工房で染めた手ぬぐい、染めた糸を織って作られるバッグやポーチ、ショール、靴下に、アート作品を使ったポストカードやカレンダーなど、様々な手仕事の作品を販売。
photo: Naoki Honjo
text: Shoko Yoshida
edit: Tamio Ogasawara