Part 2 Interview with
Shinsuke Takizawa (NEIGHBORHOOD)


Part 1の続き
西山 徹(以下TET)
NEIGHBORHOODが始まる以前の話って、改めて振り返ると、プリクエルとして十分な物語になるよね。
滝沢 伸介(以下SIN)
なるね。今思うと、あれだけ無計画でよくやってたなと思う。でも当時は無計画という意識すらなかった。やりたいことがあって、できる方法を探していただけ。
TET
最初の服作りは、「欲しい!作ろう!」が何よりも先立ってたなぁ。
SIN
完全にDIY。『プリントゴッコ※1』から始めたけど、あれは効率を考える道具じゃない。インクの状態で全然違うし、刷れる回数も限界がある。今日はダメだ、今日はまあまあだ、って言いながら作ってた。
TET
でも「とにかく形にする」ことが先だった。
SIN
そう。完成度よりも、まず存在させる。うまくいかない理由を考えるのは、その後でいい。バイクと同じで、走らせてみないとわからない。
SIN
当時は頭の中がバイクのことだらけだったけど、次に何をやろうかって話になったんだよね。
TET
本当のはじまりは1994年、パルコのカフェで洋服屋を作ろうみたいな話しになったとき、何か特別な感情はあった?
SIN
実はあまりない(笑)。大きな決断というより、自然な流れだった。メジャーフォースで1年やらせてもらって、数字も悪くなかった。「じゃあ次どうする?」ってなったときに、「自分たちでやるしかないな」って。資金300万を全額投入。余裕はなかったけど、不思議と終わる感じもしなかった。バイクと同じで、「ダメなら直す」「また作る」って感覚だった。
TET
メジャーフォースのプロダクトをデザインしてた時に韓国まで行った話は、いま聞いてもすごいよね。
SIN
無謀(笑)。(TAR※2の)関くんに「韓国で作ると安い」って言われて、それだけで行った。業者名も知らない。梨泰院に行けば何とかなるだろうって。実際、タクシーで行って、歩いて業者を探したんだ。
TET
勘だけを頼りにすごいことやってたね。
SIN
そう。版下を持って、「これ作れる?」って聞いて回る。言葉も十分じゃないし、契約書もない。でも100着でお願いして、現金で払った。
TET
帰国後は、ずっと不安だった?
SIN
届くまではね。でも届いた。品質は完璧じゃないけど、形にはなっていた。
TET
その後、露天商で勝手に売られているのを知るという。
SIN
あれは衝撃だった。でも怒りより、「ああ、こういう世界なんだな」って納得のほうが強かった。ビジネスのルールを、身をもって知った感じ。
TET
NEIGHBORHOODで一番最初に作ったMA-1の刺繍屋探しは、その経験の延長だったんだね。
SIN
完全に。電話帳をめくって、勘で選ぶ。「ここなら話を聞いてくれそうだな」って。目黒の刺繍屋に行って、Macで作ったデータを持って行って説明する。でも向こうも最初は半信半疑で。
TET
そんなこと発注する飛び込みの若い人がこれまでにいなかったから、信用されなくて「若いし、数も少ないし」って最初は引き受けてくれなかったんだっけ。
SIN
そう。でも一回やってくれると、次も頼める。そういう信頼関係は全部対面だったから培われたんだと思う。
TET
話を聞いてもらってね。それと当時革新的だったMacを買った決断は、やっぱり大きかったね。
SIN
あれがなかったら、始まってない。秋葉原まで2人でスクーターで行って、ブラウン管モニターを抱えて帰ってくる。1台100万近い金額をローンで払うのは、正直怖かった。元手300万のうち、ほぼ消えたからね。でも、Macがないと何もできない。デザインも版下も、外注する余裕なんてないから。だから「これは設備投資だ」って自分に言い聞かせてた。


都内の刺繍屋に制作した図版を持ち込んで刺繍してもらったMA-1。最初期のプロダクト。
TET
最初の事務所を借りた時は最高だったな。原宿にあるマンションの小さな一室だったね。
SIN
狭い空間で、向かい合わせに座って、Macのファンの音がずっと鳴ってる。夜中まで作業して、気づくと朝になってる。教えてくれる人はいないから、触って覚えるしかない。
TET
ほぼ独学。とにかく形にしたいって気持ちが先行してた。
TET
当時、ファッションカルチャーは雑誌の情報がすべてだったけど、ストリートファッションと呼ばれていた自分たちのようなブランドは自分たちが着ているというリアリティがあったね。
SIN
広告費はほぼゼロ。雑誌に載るかどうかで、反応がまったく違う。1ページ載ると、電話とFAXが一斉に鳴る。
Part 3に続く
※1 プリントゴッコ 理想科学工業が1977年より販売している家庭用シルクスクリーンキット。
※2 TAR 1990年代に新潟県小千谷市で創業したセレクトショップ。現在は主に「TAR LABORATORY」を取り扱っている。


西山が初めて購入したハーレーダビッドソン。直後に滝沢氏が黒いスプレーでペイント。
滝沢 伸介 Shinsuke Takizawa
NEIGHBORHOODクリエイティブ・ディレクター。1994年に東京・原宿にてブランドをスタート。 メインブランドであるNEIGHBORHOODをはじめ、キッズラインのNH ONETHIRDや、人間と植物との都会的共存をテーマにしたSRLを展開。 東京原宿をヘッドショップに、世界中にマーケットを拡大している。
photo: Tomohiko Tagawa
text: Nobukazu Kishi