Feature
Motorcycle makes a man
Part 1
Interview with
Shinsuke Takizawa (NEIGHBORHOOD)
今回はNEIGHBORHOODの代表でありクリエイティブ・ディレクターの滝沢伸介氏を迎え、バイクを通して繋がった、40年近く付き合いのある先輩と後輩が語る、あの頃から今までについて。

まだNEIGHBORHOODが創業する以前、僕がなによりも情熱を注いでいたのはバイクでした。滝沢氏のハーレーダビッドソンに憧れ、引き込まれたバイクカルチャー。90年代初頭に滝沢氏から譲り受けたバイクは、今もなお健在です。情報がほとんどなかった時代、ないものは自分で作り、壊れては直し、失敗を繰り返しながら試行錯誤を重ねて、自分のものにしていきました。そんなバイクカルチャーの中で得た工夫や経験は、バイクが単なる乗り物ではなく、これまでのものづくりや思考の根幹につながっているのではないか。僕らが当時愛読していたあるバイク雑誌のコラムにあった「Motorcycle makes a man」という言葉。その意味を体現するような経験についてのお話。


西山 徹(以下TET)

大昔のバイク雑誌で「Motorcycle makes a man」というコラムがあったの覚えてる?

滝沢 伸介(以下SIN)

うん。その言葉、イギリスの格言だったかな。バイクに乗ることで、いろんなことを学ぶ、教養も含めて人間ができていく、みたいな話だったかな。

TET

うん。なんの雑誌だったかね。そのコラムがあの頃からずっとアタマにあってね。あの頃は情報が雑誌にしかないから、本当に隅から隅まで読んでた。雑誌そのものが教科書みたいな感じだった。ネットもないし、他に情報がないから、一冊の中に全部が詰まってた。写真一枚の情報量の解像度を勝手に上げてた。今とは全然違ったよね。

SIN

全然違う。今だったら一瞬でスワイプして終わる写真を、当時はずっと見てた。「このパーツ、どこで留めてるんだろう」とか、「この配線、フレームの内側通してるのかな」とか。答えはどこにも書いてないから、想像するしかない。

創刊号の『ホットバイクジャパン※1』と当時のスナップ写真。

TET

バイクを直すときは仲良くなったメカニックの人に電話で聞いたり、サービスマニュアルは英語だし。図解が頼り。頑張って辞書で訳しながらね。作業場は、路上、駐輪場、実家や友達の家。

SIN

そう。英語のサービスマニュアルを見ながら、お店に聞いたりもしてた。ガレージなんてないからね。そんな贅沢言ってられないから、マンションの下で作業するしかない。延長コードで電力をどこかから引っ張ってきて、路上でサンダー回してた。最初はサンダーすらなくて、鉄ノコだったと思う。

TET

東急ハンズと町の金物屋がパーツショップで、板金や塗装屋、テント屋とかの町工場がカスタムショップ。

SIN

本当にそう。恵比寿の駅前の金物屋とか、ハンズの金物やネジ売り場とか、何度も通った。バイク用じゃないものを見て、「これ、ライトの固定に使えないかな」って考えてね。

TET

走ってて何度かライトを落としてたよね(笑)。

SIN

落とした(笑)。薄いから。だけど、落ちた理由がわかる。振動に対して強度が足りなかったとか、固定の仕方が甘かったとか。失敗すると、次はどうすればいいかが見えてくる。

TET

金物板を2枚を重ねて溶接してみるとかしてね。試してみるけど、壊れることが前提。

SIN

完全にそう。壊れない前提で乗ってなかった。だから直すことが当たり前になる。構造を理解しないと直せないから、自然と見る目が変わる。その感覚は、今の仕事にもそのまま残ってる。

TET

初めて二人で清里のバイクミーティング※2に参加したときはバイクカルチャーを色々と学んだなぁ。参加者ほぼ全員長髪、バンダナ、黒Teeでベルボトムにレザージャケットにベスト。それ見てレザーベスト作りたいねって思ったのはあったけど。

SIN

清里バイクミーティング……懐かしい。徹が最後には500円しか持ってなかったときでしょ。高速代やガソリン代払ったら、どんどんお金がなくなって(笑)。当時のバイカーはレザーに黒Teeでピチッとした着こなしが王道だったけど、自分たちはナイロンのマウンテンパーカーに白TeeのXLを着始めた。かと思えば、レザーパンツにチャップス※3は機能的で取り込んでたね。徹はチャップス履いて通学してたし(笑)。そういうスタイルも嫌いじゃないけど、そのままの王道的なスタイルで着たくはなかった。好きだからこそ、距離を取るというか。

TET

のちにスケートボーダーのジェイソン・ジェシー※4が『Iron Horse※5』に登場したときはシンパシーを感じたね。

SIN

あれは大きかったね。「あ、こういう取り入れ方でいいんだ」って思えた。ヴァンズを履いてハーレー乗ってもありなんだって思えた。自分たちなりの解釈でいいんだ、って。

Part 2に続く

※1 ホットバイクジャパン 1992年に創刊された日本初のハーレーダビッドソン専門誌。

※2 清里バイクミーティング 山梨県の清里エリアで開催されたハーレーダビッドソン愛好家によるイベント。

※3 チャップス カウボーイが足を保護するためにパンツの上から着用した、股間部分のない保護具で、転じてアメリカンバイクの愛好家にも伝統的に愛用されたレザーアイテム。

※4 ジェイソン・ジェシー 1969年生まれ。米国のプロスケートボーダーでありカーデザイナーとしても知られる。1980年代後半にはサンタクルーズ・スケートボードのライダーとして活躍。

※5 Iron Horse 米国にて1979年から2011年まで発行されていたモーターサイクルマガジン。元々『Easyriders」のスピンオフで、姉妹誌がハーレーダビッドソンやインディアンモデルを中心に扱っていたのに対し、幅広いバイクを紹介することをテーマにしていた。

清里のバイクミーティングに参加した際のスナップ写真。

滝沢 伸介 Shinsuke Takizawa

NEIGHBORHOODクリエイティブ・ディレクター。1994年に東京・原宿にてブランドをスタート。 メインブランドであるNEIGHBORHOODをはじめ、キッズラインのNH ONETHIRDや、人間と植物との都会的共存をテーマにしたSRLを展開。 東京原宿をヘッドショップに、世界中にマーケットを拡大している。

photo: Tomohiko Tagawa

text: Nobukazu Kishi

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