Lucie & Luke Meier

ルークとは20年来の友人です。どの国だったかは覚えていないですが、多くの知り合いたちが集うパーティで偶然出会ってから、彼が東京にきたときにはご飯に行く仲となり、4年前にはかわいい娘さんを授かり、僕らと同じように親としての顔も持つようになりました。今年2月にJIL SANDERのクリエイティブ・ディレクターを離れて、3ヶ月ほど日本で過ごしていたルークとパートナーのルーシーがアトリエに遊びに来てくれたので、仕事や人生、そして子どもへの向き合い方について言葉を交わしました。
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西山徹(以下、TET)
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つい先日、一緒にディナーをしたばかりですが、あらためてようこそ。今回の旅は4歳の娘さんも一緒でしたよね。まだ幼いけれど、ふたりの仕事について理解している様子はあるのかな?
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Luke Meier(以下、LUKE)
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ショーやルックブック撮影の準備のときにはスタジオに連れていったりしているので、ある程度わかっていると思うよ。遊び感覚だけど、楽しんでくれているしね。
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TET
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とても刺激的な子ども時代を過ごしているんだね。逆に、ふたりはどんな子どもだったの?
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Lucie Meier(以下、LUCIE)
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私は雑誌を読むのが大好きだったから、ファッションの仕事を夢見ていました。故郷のツェルマットは、マッターホルンの麓にある小さな町で、ファッション関係の人なんて誰ひとりいなかったけど。でもあるとき、両親が営んでいるレストランにファッションスクールの生徒さんがお客さんとしてやってきたのを見て、母が「ルーシーも行ってみる?」って背中を押してくれて。そこからフィレンツェのスクールに通い、今の道が開けました。
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LUKE
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僕が生まれ育ったバンクーバーは、意外にも80年代初期からスケートシーンがすごく盛り上がっていて、僕も物心ついたときからスケートボードとスノーボードに熱中していたよ。スケーターはアウトサイダーではなく“cool”な存在だったんだ。でも、高校卒業後はアメリカのジョージタウン大学に進学し、金融と国際ビジネスを専攻。それから、オックスフォード大学にも通って経営学を勉強。我ながら、なかなかにエリートな学歴だよね(笑)。
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TET
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それは知らなかった。ビジネスに興味があったんだね。
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LUKE
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漠然と、何かしらに役立つだろうと思ったんだ。でも、大学卒業後は自分が心底好きなストリートカルチャーが生まれた場所に行きたいと思ってニューヨークに。1996 年だったかな。あの頃のダウンタウンは誰もが何かをつくっている時代だったから、僕もその一部になりたかった。
ニューヨーク州立ファッション工科大学(FIT)に通いなおして、グラフィックデザインやT シャツをつくりはじめたよ。そんな折、Supreme をつくったジェームス・ジェビアや、UNION のクリス・ギブスとも友だちになって、Supreme で働くことになる。FIT では伝統的なテーラリング技術を学ぶためにフィレンツェに留学もしてさ。そこでルーシーと出会ったんだ。

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TET
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そういう馴れ初めだったんだ。地元にいるときにはメンター的な存在の人はいたりした?
たとえばだけど、僕は中学時代にヒロシくん(藤原ヒロシさん)やシンちゃん(スケシンさん)に出会って、彼らの価値観や好みに大いに影響されてベースができあがった。もちろん最終的には、アイデンティティは自分で見つけなければならなかったけど。
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LUKE
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徹の場合は、渋谷という人が多い大都会にいたから先輩に恵まれたと思うけど、僕が育った街ではそういう存在は見つからなかった。バンクーバーはちょっと広大すぎたのかな?(笑) 環境による違いって、かなり大きいよ。
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LUCIE
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今はルークが私のメンターですが、幼少期にはいないですね。でも、大自然がいちばんのインスピレーションになってくれた気がします。雪山で滑るスキーや森の中で行うハイキングが今の感性を築いたと思うし、年をとるごとにその大切さを感じます。
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LUKE
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そうやって自然の中でのびのび育ったからなのか、ルーシーは本当にピュアで、感覚的に行動する直感型タイプ。一方の僕はもう少し思考型で、“why”を問い続けて、リファレンスやロジックも追い求めたいタイプ。
でも、僕も子どもの頃は、“cool”か“not cool”かであらゆるものを直感で選んできたし、何より重要なのは、“自分なりの物差し”を強く持っていることだと思う。だって、絶対的なクールの方程式なんてないのだから。すぐにその理由を言語化できなくても、即座に心が反応することがオリジナリティに繋がっていくんじゃないかな。
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TET
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僕も若い頃は、“cool”という理由だけでビリヤード場やピザ屋でバイトしていたよ。直感にしたがって生きていたからアパレルの仕事にもたどり着いて、思いがけず自己表現が仕事になっていったかな。

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LUKE
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それが最も自然で、リアルな形だね。あらかじめ決めていないのに自然発生したものだから、オーセンティックで説得力がある。無理やりコンセプトを立てると、がんばってつくった感が出ちゃう。
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TET
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本当だね。そうやって自分の目と足と心で人生を築いてきたふたりは、娘さんに対してどう接したいと思っているんだろう?
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LUCIE
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「何をやりたいかは自分で決めて、ちゃんと自分の人生に責任を持つのよ」と、費用は惜しまず自由にさせてくれた私の両親みたいに、親のエゴを押し付けず、彼女の意思を尊重してあげたいですね。彼女自身が好奇心を持って人生を歩んでいくプロセスが大切ですから。
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LUKE
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僕らの仕事上、いろんな国を訪れ、おもしろい人たちに会わせてあげられる環境があるのは、彼女にとってラッキーなことだなと思う。世界中にチャンスがあるんだって感じられるはず。言ってしまえば、今の学校に通うより、よっぽど価値ある経験じゃないかな。
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LUCIE
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今の学校教育はテストの評価も競争も厳しくて、早いうちから将来の選択も迫られる。流れに身を任せていればよかった昔を思うと、あまりにもプレッシャーが強すぎるかな。それに、一度進路を決めたら“もう変えちゃダメ”“一生この道を進みなさい”といった社会的な圧も大きいし。
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LUKE
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人は生きていくだけでも大変なのに、子どものうちからそこまでのプレッシャーをかける必要ってあるのかな? って思う。だって、知識も経験も少ない若者に、自分が何をしたくて何ができるかを決めさせるなんて困難でしょう。学校は本来、人との生活で社会性を身につけるためのものだと思う。いろんなものを見て、知って、試して、時には失敗もしながら自分を見つけていくための時間。“Let a kid be a kid(子どもは子どものままでいさせてあげよう)”じゃないのかな。
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TET
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日本の学校もまったくそう。ふたりも同じことを感じていて、教育の現場が世界的にそうなってしまっているのには驚くね。
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LUCIE
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今はAI も発達して時代変革のスピードも早いので、教育は難しいテーマ。学ぶべきこと、本当に役に立つことが見えにくい世の中だから、柔軟に対応しないといけないんでしょうね。
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LUKE
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それなのに変化や逸脱に対して社会は寛容じゃないし、方向転換をして“底辺に落ちた”と他人に思われることを恐れている人ばかり。でも、変化はcool なんだから、親である僕らは、“やりたいことは変わってもいいんだよ”と子どもに言ってあげたい。実際に僕は、ビジネスからファッションに舵を切っているわけだし、まだまだ成長途中。今だって次の予定は思案中(笑)。何をしてもいいんだから、たとえば料理人や建築家にだってなれるわけ。今後の人生、身をもってそれを子どもに示してあげられたらって思うんだ。

Part.02につづきます。
Luke Meier
ルーク・メイヤー|カナダ・バンクーバー生まれ。Supreme のヘッドデザイナーを8 年務めたのち、OAMC を新たに立ち上げる(※現在はクリエイティブ・ディレクターから退任)。妻であるルーシーとともに、2017〜2025 年までJIL SANDER のクリエイティブ・ディレクターを務めた。現在、充電期間中。
Lucie Meier
ルーシー・メイヤー|スイス・ツェルマット生まれ。Louis Vuitton やBalenciaga でキャリアを積み、Dior ではウィメンズ・オートクチュールとレディ・トゥ・ウェアのヘッドデザイナーに。生きるうえで大事にしているのは、いい人たちとのつながり。
photo: Kisshomaru Shimamura
text: Shoko Yoshida
edit: Tamio Ogasawara